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  人はかわる

調理師専門学校

私は渡部勝の実の兄です。2000年3月2日に 池田動物
 
プロダクション町田飼育所を調査して来ました。
 
同行した母は花をそなえに行っただけです。その実態
 
は弟の遺体と対面した時より戦慄すべきものでした。
 
3月2日現在、町田飼育所は本社と連絡不能の状態にあ
 
ります。現場責任者の話では、アルバイトは全員解雇。

 
元アルバイトの人は、ボランティアで動物達の世話をしているそうです。現場責任者はあの事件から
 
まだ1ヵ月も経過していないというのに、早くも渡部勝に対して憎しみの感情を抱いておりました。
 
つまり、勝さえドジを踏まなければ自分達は世間の非難を浴びずに済んだ。というものでした。
 
日本中から非難を浴びて錯乱しているようでした。町田飼育所には、「人殺し」という手紙が殺到した
 
そうです。母と私が訪問した時、まず最初に何も心のこもって無い言い方で「勝が亡くなった償いは
 
一生をかけて」と言っただけでした。次に賠償金について、しきりに尋ねてきました。まるで賠償金が
 
 
出たらよこせと言わんばかりの口調でした。更に社長が現場について無関心な為、動物達を劣悪な
 
 
環境から少しでも救いたい。その為に自腹を切って設備を整えている。とも言いました。
 
勝の死についても、「設備が悪いからこそ人間が用心しなければならない。」と言いました。
 
息子が死んで弱っている母親に対して社長に対する不満をぶつけてきました。私には言っても
 
いいでしょう。しかし、親には言うべきではありません。罪を憎んで人を憎まず。
 
事件が起こると全員が不幸になってしまいます。敢えて憎むとするならば、現場を見ないで金の勘定
 
をしてばかりいる社長しかいません。池田動物プロダクションは、資産4億負債8億。賠償金なんて、
 
すずめの涙です。調査の結果報告は、事件報告書にあります。
 
 
解剖の結果と警察の話と実態調査の結果から、事件の様子を克明に想像する事が出来ます。
 
 
勝には過失はありません。それ以前に同じ部屋で人とトラが同じ場所に居るなどという状態は有り得
 
ない、という事実を警察の人が全国を調査してきました。
  
 渡部勝略歴

 昭和49年11月30日午前10時9分に何の異常も無く生まれる
 昭和62年3月:札幌市立しらかば台小学校卒業
 平成2年3月:札幌市立東月寒中学校卒業
 平成6年3月:北海道札幌月寒高等学校定時制卒業
 平成7年3月:新宿調理師専門学校卒業
 平成7年4月:菊正就職、約半年後体を壊し退職
 平成9年6月:池田動物プロダクション、アルバイト活動開始
 平成9年7月:アルバイト開始
 平成10年1月1日:京王帝都電鉄の広報誌の表紙に「ベンガルトラ」
 掲載、渡部勝は「うちのトラだよ。」と自慢。違法だとは知らず。
 平成10年4月某日:自動車教習所に通い始める。この間、
 ベンガルトラの世話の為、再三に渡って沼田より「もっとシフトを増やせ。」との要請。
 平成10年8月中旬:「ベンガルトラに、じゃれてかまれちゃった。」 と話し始める。
 両親は、アルバイトを辞めろと再三に渡って注意。
 兄は、心理テスト(交流分析:適した職業は、警察かヤクザ)を施し「警察官になれ。」と命令。
 渡部勝は、兄に対し「沼田(現場責任者)さんに逆らったら、首になる。」と話す。
 平成10年11月初旬:オートマ限定普通自動車免許取得。
 平成11年秋頃:「いよいよトラが大きくなって来たので、檻も建てかえ世話もしない。」と、断言。
 平成12年2月3日午後:青天の霹靂。







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