トラと教師と我が家の猫



 
【受験勉強】 【英語】 【世界史】【国語】
トップページ 中一の担任 人はかわる 記録 高一の担任 受験勉強
 

  記録:時間は完璧ではありません。

トラ1

 
2月3日、午前8時45分〜弟が家を出発。私と最期の挨拶。
 
午後12時30分〜池田動物プロダクションの社長の奥さんより,
 
弟がトラの檻に閉じ込められているとの連絡が入る。
 
全てを悟った私は、台所のガスボイラー制御端末の、風呂
 
沸かしボタンを押す。まず母の職場に連絡をとる。外出中。
 
父の会社に連絡。不在。新型列車の走行試験に立ち会う為、宇都宮にいると思い出す。携帯に
 
連絡。午後12時40分〜母から連絡が入る。母の携帯の番号を知らないので、私のPHSに電話しても
 
らう。ナンバーディスプレイにより把握。私が個人的に一番世話になった親戚に連絡。不在。
 
別の親戚に連絡。テレビをつけっ放しにすることを依頼。風呂が沸く。当分入浴できそうに無いので、
 
電話とPHSを持って入浴。入浴中〜父より連絡。事態は何も変わっていないと返答。父がくどいので、
 
入浴中と伝える。父あきれる。母より連絡。110番通報してパトカーで現場に向かっているとのこと。
 
救出後の弟を見てショック状態にならないか心配。入浴後〜インフルエンザ防止の為、ビタミン剤を
 
大量に服用。私は家でひたすら警察の連絡を待つ。この間も電話が沢山。午後2時45分〜警察より
 
 
町田警察薯に来るようにとの連絡。事故現場と町田警察薯の中間に住んでいる為、現場から
 
 
町田警察薯へ向かうパトカーにPICK UPするように要請。自転車を鶴見川沿いに置き、待ち合わせ
 
場所の小田急鶴川駅前の交番に向かう。3時10分〜覆面パトカーが到着。警察の事件現場責任者
 
かもしれないと感じる。

  トラ2

渋滞の中で〜行き先が町田警察薯から多摩丘陵病院に
 
変更。弟は死んだのか。刑事さんに話し掛けてみる。
 
私「弟には警察になれとさんざん言ってきたんですが。」
 
刑事さん「こんなことになるぐらいなら警察になってた方が
 
よかったねぇ。」午後3時35分〜多摩丘陵病院に到着。
 
走る必要は無い。看護婦さんに弟は死んだんですかと聞いて

 
みる。我ながら意地が悪い。ただ弟のもとに案内される。
 
弟は目が開く事を防ぐ為、目の部分にテープをはられていた。
 
生命維持装置はまったくついていない。

自分の予想は当って欲しくなかった。生まれて初めてそう思った。医師に、蘇生措置を施す余地は無
 
かったのかと尋ねる。ここで出来たのは、15時16分付けで死亡確認がとれただけと刑事さんにきい
 
た。私が代わりに死ねばよかった。そういう思いに沈む余裕すら現実は与えてくれない。
 
病院内の公衆電話から親戚に連絡。親戚中に広めて欲しいと依頼。母方の親戚は祖父祖母ともに
 
他界。母親は6人兄弟。私のいとこにあたる人々は15人に及ぶ。父方の親戚については私とほとんど
 
交流が無いので、父に頼む事にする。この判断が後に小さな禍根を残す。病院の外に出て父と連絡
 
をとる。PHS圏外。刑事さんに携帯を借りて、15時16分死亡確認多摩丘陵病院とだけ伝える。
 
 
  
私にはまだまだやることがある。救急車で弟に付き添って来た母と弟の横に座る。弟に触れてみる。
  
 
   
体温は既に外気温と同じになっている。死亡した後、 体温が下がり始める前に弟の神経細胞は壊滅
 
   
したのか。ここにあるのは抜け殻に過ぎない。
  

トラ1

 

弟がまだ小さなベンガルトラを抱きかかえ嬉しそうにしている
 
 
  
写真を思い出す。弟は職場のことをよく話す。トラの事は1999
 
 
 
年の秋が深まるまでよく話していた。それまではトラが食事を
 
 
している隙に檻の掃除をしていた。しかし去年の秋からトラにじゃれて噛みつかれたという話を聞いて
  
 
 
いない。私は勝手にトラの世話を外されたと思い込んでいた。私の勝手な予測〜トラは恐らく、うっかり
 
 
野生の本性で急所に噛み付いたのだろう。弟の体は見る事が出来ない状態になっていたが、外傷が
 
  
あってもそれはじゃれて噛み付いたと言う程度のものだろう。顔は非常にきれい。午後4時〜検死の
 
 
為、町田警察薯に移動。弟は黒塗りの専用車。母と私は覆面パトカー。母の携帯から、父に行き先
 
 
変更と伝える。町田警察薯〜葬儀社の人が来ている。池田動物プロダクションの社長が居る。
 
 
小さな老人。小さく見えるのは演技か落ち込んでいるのか。社員が動物達の為に自腹を切って材料を
 
調達し、屋根を作ったり小屋を作っている事実を把握しているんだろうか。後に母が池田動物
 
プロダクションの人々に、弟の状態について口外しないようにお願いしたので、刑事事件の公判で明ら
 
かになる。町田警察薯刑事課〜広い部屋。刑事ドラマを思い出す。電話をしている人がいる。
 
「・・・行政解剖でいいですね。・・・」他には首吊り自殺した人の事等を話している。隣にはキャリアと
 
おぼしき人が居る。それにしても司法解剖だと何か不都合な点でも有るんだろうか。そもそも行政解剖
 
と司法解剖の区別がわからない。自殺3万人交通事故9000人と言われている。そして不慮の事故
 
 
か。日本では1999年に約90万人の人が死んでいる。嫌な死に方をする人が意外と多いな。
 
 
密室の中で〜午後5時前に父より連絡。町田駅に到着したとの事。北口からタクシーを使う事を案内。
 
母は疲れている様子。午後5時〜父到着。父はまだ弟の遺体を見ていない。葬儀屋の人と名刺
 
交換。父と社長の対面。私も立ち会う。父あくまで紳士的。私は一言も話さず。余計な事は、話さ
 
ない。家族3人〜3人揃ったところで、警察の人と話す。1.第一発見者は新人の女の子。
  
 
午前10時頃に弟がトラに餌を与えに行ったきり1時間程しても帰って来ないので、様子を見に行く。
 
トラはトラ小屋で暴れまわり、弟は隣の事務所で倒れている。トラ小屋の扉が施錠されていないので、
 
針金で事務所の扉をロック。:私の推測〜弟は薄れ行く意識の中で、トラ小屋の施錠を試みたのでは
 
 
ないか。弟は日頃からトラを逃がしたら大変な事になると言っていた。2.死亡推定10時半。119番
 
通報11時52分。110番通報12時07分。死亡確認15時16分。3.2月4日午前より東京慈恵会医科
  
 
大学法医学講座にて、行政解剖施行。父、解剖に立ち会えないかと尋ねる。遺族には、とても見る事
 
 
が出来ないものだといわれる。私は人体解剖をビデオで見た事がある。確かにとても見られたもので
 
 
はない。検死中〜父「あんな所で働かせておいた親にも責任があるな。」、私は冷たく「ああ
 
そうだね。」「起きてしまったものは仕方が無いんじゃない。」内心では家族の中で一番責任が有るの
 
 
は私。私も動物好きで、トラがどんなに危険か知っている。しかし、私の持論は資本主義というのは
 
 
冷酷なもので自殺的な仕事に就く自由も有る。この考えは、3月2日に池田動物プロダクション
 
 
 
町田飼育所を訪問した時に崩れ去る。凄まじい程の戦慄と共に。午後9時〜3人で弟と対面。
 
 
母、嘆く。父、動揺する。帰宅〜小田急鶴川駅から私は自転車。両親はタクシー。先に家に帰って
 
 
 
明かりを点けねば。午後10時〜人が玄関の中に入って来る。両親と気配が違う。この日に私が強盗
 
 
 
にでも殺されれば、世間はさぞかし面白がるだろう。私の期待は外れた。親戚が駆けつけて来てくれ
 
た。少しして、両親が帰宅。午後10時30分〜池田動物プロダクションの人々がやって来る。この人達
 
 
 
に罪は無い。父が、今日は頭が混乱しているのでということでお引取り願っている。「おにいさーん」
 
 
 
私の背中に社員の人の声が空しく響く。夜遅いので女性の人々にはお引取り願って、 男は私が対応
 
 
すれば良かった。親戚の人が持って来てくれた寿司を食べながら、私はある事件を思い出す。
   
 
 
ある事件〜10代の女の子が、ダンプカーだったか大型トラックだったかに頭部を轢かれた。
 
 
その日のうちに、その車両の運転手が1億円を持って謝罪に来た。父親は、今日は心の整理が出来
 
 
 
ていないのでということで運転手の人にお引取り願った。近所の人々は、いくら被害者の遺族だからと
 
 
いって父親の対応は冷酷過ぎる。と徹底的にその父親を心理的に追い込んだ。その父親は自殺
 
 
した。午後11時〜自分の部屋に行く。PHSに22時40分に着信記録がある。友人からのもの。
    
 
早速電話してみる。2月4日は休日なので、手を貸してくれるとの事。私は遠慮無く頼む。私は図々し
 
  
い。午後11時過ぎ〜寝る。幽霊の存在を信じたくなる。弟は、人に好かれる。私は嫌われる。
  
 
午前0時近く〜眠る。前日徹夜したので約40時間ぶりの睡眠。
 
  
2月4日、午前4時〜熟睡から現実の世界に戻る。
 
 
  
弟は夢の中にも出てこない。暫し自分の精神状態が正常か自分の内面を観察。正常。
 
 
午前4時30分〜起床。自分の脳波をはかってみる。詳細は省略。自分で勝手に設けた基準がある。
 
 
  
いつもの値より10パーセントのダウン。無視できる数値。午前5時〜親戚の人々が眠る場所を確保
 
  
する為、私の物の処分を開始。弟の部屋には巨大な本棚があり、私の物も大量に置かせてもらってい
 
 
 
る。それをダンボールに詰め込む。更に私の部屋の物もついでにダンボールに詰め込む。処分完了。
 
 
 
ダンボール5箱。私の部屋には2個のハイベットがある。これで大量の物資を収容出来る。
 
 
 
貴重品〜弟のロレックス、保険証、印鑑証明、年金手帳、財布等の貴重品を私の部屋に保管。
 
 
 
弟の部屋の点検〜「メディファイル」の最終号(120号)がある。偶然。未開封のDVDとLDが2枚ずつ
 
ある。不慮の死の悲しさよ。約200枚のLDを収めた家具は、ほぼ満杯になっている。
 
弟のコレクションはその家具を満杯にした時点で終了。何か出来すぎているな。
 
 
午前6時〜両親が起きだして来る。2人とも4時間程度眠ったとの事。今日、弟が解剖から戻って来た
 
 
ら平静では居られない。2月6日は友引。葬式が1日繰り下げになる事が、精神と肉体にどれ程の追加
 
 
ダメージを与えるか。この時点では家族3人想像すらしていない。
 
 
朝食〜私は既にチキンナゲット、白飯、牛乳、ビタミン剤で済ませている。両親はゆっくりと朝食をとっ
 
 
  
ている。父走る〜父は親戚達を迎え入れる為、家中の物を片付けまわっている。それにしても、ペース
 
が異常に早い。バテなければいいが。私は体力を温存。
  
 
 
午前8時22分〜友人にモーニングコール。11時には来てくれるとのこと。見積もり〜親戚が滞在する
 
  
間に消費する物資を見積もる。トイレットペーパー、ティシュペーパー等の雑貨類。あらゆる食材。
  
 
アルコール類、おつまみ等。21,000円と見積もり、母に請求。母は15年前にガンで3ヶ月入院してい
 
  
る。こういう事は慣れている。午前9時〜弟は普段この時間に出発していた。最近は、1ヶ月に2日ぐら
  
 
いしか休んでいなかった。午前11時〜友人到着。居間にあるパソコンと小型の家具類の撤去開始。
 
 
  
2人でやると早い。20分で私の部屋に収容完了。続いてスーパー三和子供の国店へ買い物。薬品類
  
 
も合わせて21,431円。正午過ぎ〜友人と何となく過ごす。午後3時頃〜フジテレビの人がインタビュー
  
 
  
に来る。私がインターホンにて答える。夕方〜母方の親戚3人が到着。食事開始。
 
 
 
午後6時55分〜私のインタビュー内容が2言電波に乗る。友人一旦帰宅。午後9時頃〜弟が解剖から
 
戻る。葬儀屋さんと打ち合わせ。少しして、友人来訪。弟最期の帰宅〜親戚の人数が増えている。
  
 
棺桶を前にして、全員で酒を飲む。言葉では言いあらわせない雰囲気。
 
 
   
午後11時〜就寝。蝋燭の灯を絶やさぬ為、男4人で寝ずの番。とりとめの無い話が続く。
 
2月5日、午前5時30分〜
 
 
           
事件報告書
トップページ
トラと教師と我が家の猫
by トラと教師と我が家の猫